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小倉幸成 出身は筑西市?高校は?親(父母)は?プレースタイルは?法政大学?

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今回は、注目すべき若手選手の一人、小倉幸成(おぐら こうせい)について深掘りしていきたいと思います。

小倉選手といえば、2025年のU-20アジアカップ準々決勝、イラン戦での同点ミドルシュートが記憶に新しいですよね!1点ビハインドの状況で、一撃を決めたシーンは、サッカーファンの心に深く刻まれました。

まだ大学生ながら、U-20日本代表では中盤の守備の要として、替えの利かない存在感を放っています。

今回は、小倉幸成選手の出身、中学・高校時代、大学と卒業後の進路、プレースタイル、父母の存在について紹介します。



小倉幸成の出身は筑西市?下館中?


小倉幸成は、茨城県西部に位置する筑西市の出身です。

豊かな自然に囲まれたこの地で、彼はサッカーと出会い、その才能を磨いてきました。

筑西市立下館中学校時代は、友人の親に誘われたことがきっかけで、鹿島アントラーズつくばジュニアユースに所属することになります。

鹿島アントラーズのジュニアユースは、茨城県内に3チーム(鹿島、ノルテ、つくば)を展開。県内全域から才能ある選手たちが集まる場所となっています。小倉選手もその中の一人として、早くから高いレベルでのプレーを経験しました。



小倉幸成の高校は鹿島学園高校。法政大学へ進学

ジュニアユースでの活躍が認められ、鹿島アントラーズユースへと進みます。

鹿島アントラーズと鹿島学園高校は、提携しています。

ユースの選手たちは鹿島学園高校に通いながら、プロを目指して日々のトレーニングに励みます。卒業記念試合では、サッカー部とアントラーズユースが対戦するそうで、なんだか熱いエピソードですよね!

ちなみに、高校時代、小倉選手は元日本代表の小笠原満男さん(鹿島アカデミーのテクニカルアドバイザー)から指導を受け、多大な影響を受けました。

「高校年代で3年間教えていただいてすごく感謝しているし、生意気だったのでたくさん指導していただいた。その感謝を見せられるのはまずアジアカップだと思うし、その先のW杯であったり、プロになることだと思う(引用:ゲキサカ)。」

生意気だったという自身の高校時代を振り返りつつ、小倉選手の言葉からは、恩師への深い敬意と感謝、そしてプロへの強い決意が伝わってきます。

鹿島ユースではキャプテンを務めるなど、世代屈指のボランチとして名を馳せていましたが、U-19日本代表への初招集は、2024年3月のこと。

当初は代表では絶対的な存在ではなかったものの、そこから這い上がり、レギュラーの座を掴みます。そして、副キャプテンを任されるまでに成長しました。

2024年3月のヨルダン遠征で代表入りを果たした際、船越優蔵監督に「死に物狂いで僕はチームに残ります」と決意表明をしたというエピソードは、彼のひたむきな努力と強い意志を表しています。

 

そして、2025年1月には、古巣である鹿島アントラーズのトップチームキャンプに帯同。

プロの強度を肌で感じ、「大学で焦りを感じている部分もある」と葛藤をにじませながらも、「プロになりたい気持ちは、さらに強くなった」と語っています。

現在は法政大学に所属し、大学サッカー界でもその存在感を際立たせています。

その存在感は、世代別日本代表でも注目を浴びるように。

2025年は、U-20日本代表としてU20アジアカップ、U-20ワールドカップにも出場。

2026年には、 U23アジアカップ サウジアラビア大会にも出場。決勝の中国戦(4-0)では、ミドルシュートで2得点!優勝に導く活躍を見せてくれました!




小倉幸成の進路は?

2027/28シーズン(2028年1月)から、ファジアーノ岡山への加入が決定。

チームは特別指定選手として登録し、2026年からの出場を目指すとのことです。

ファジアーノは、

・若くて可能性がある選手たちに選んでもらえるクラブにしていくことを目ざしている。

・選手たちが岡山でやれば成長できると思う環境をとにかく作りたい。

と考えているとのことで、小倉選手もそのビジョンに共感をしたのでしょうね。

 

小倉幸成のプレースタイルは?ポジションは?

ポジションは、中盤の要であるボランチです。

そして、プレースタイルを一言で表すなら、「献身的な守備と圧倒的なボール奪取能力を誇る、チームの心臓」と言えるでしょう。

小倉選手自身は、ボールを奪う球際の強さと、闘争心が自分の武器と考えています。決して派手なプレーをするわけではありませんが、その献身的な働きはチームにとって不可欠であり、まさに“代えの利かない存在”となっています。

U-20日本代表でも、彼は守備の要として君臨していますが、自身の課題として攻撃面を挙げるなど、常に自身の成長を追求する姿勢も持ち合わせています。

守備だけでなく、攻撃面での貢献意欲も高く、今後、さらにプレーの幅を広げていくことでしょう。

そして、小倉選手が目標とする選手は、彼が鹿島ユース時代に指導を受けた小笠原満男さんです。小笠原さんもまた、中盤でチームを牽引。攻守にわたって貢献するプレースタイルで多くのファンを魅了しました。


小笠原さんを目標としていることからも、彼の目指す選手像が見えてきますね。

小倉幸成のプロフィールは、こちら。

生年月日 2005年4月9日
出身地 茨城県筑西市
身長、体重 167cm/66kg
愛称 おぐ
在籍チーム(2026年時点) 法政大学
ポジション MF
利き足




小倉幸成の父は?母は?

お父さんやお母さんに関する具体的な情報は、現時点では公表されていません。

しかし、お母さんが筑西市シティプロモーションのInstagramやX(旧Twitter)に、小倉選手の写真を提供していることから、ご家族が彼の活動を温かくサポートされていることが伺えます。

小倉選手がこれほどまでに成長できたのは、ご家族の支えがあってこそでしょう。今後、彼の活躍とともに、ご家族の温かいエピソードが聞ける機会があれば嬉しいですね。



小倉幸成のまとめ

今回は、小倉幸成について深掘りしてきました。

・鹿島アントラーズつくばジュニアユース、鹿島アントラーズユースを経て、法政大学に所属。世代別日本代表としても活躍中。

・大学卒業後は、ファジアーノ岡山への加入が決定。

・ポジションはボランチ。プレースタイルは、ボール奪取能力の高さと献身的な守備が特徴です。

・ご両親やお父さんに関する詳細な情報は、現時点では公表されていません。

大学生ながらU-20日本代表で副キャプテンを任され、アジアカップでは同点弾を決めるなど、その実力は誰もが認めるところでしょう。

しかし、彼がここまで来るには、並々ならぬ努力と強い覚悟があったのだと改めて感じました。
「死に物狂いで僕はチームに残ります」という言葉には、彼のサッカーに対する情熱と覚悟が凝縮されているように思います。

最初は絶対的な存在ではなかったにもかかわらず、そこから這い上がり、レギュラーの座を掴み取ったというのは、本当に素晴らしいことです。今後の活躍から、ますます目が離せませんね!

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