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永野修都のポジション・プレースタイルは?小・中・高校の経歴は?成績は?

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永野修都(ながの しゅうと)は、ポリバレント性のある守備職人。

反町康治氏が「遠藤航になれる」と評した逸材で、守備の選手なのに、なぜか目が離せない。ピッチのどこにいても、試合を一段引き締める存在感。

今回は、永野修都のポジション・プレースタイルは?小・中・高校の経歴は?そしてプロ入り後の成績は?について紹介していきたいと思います。




永野修都のプロフィールをチェック

まずは、永野修都のプロフィールなどをさっとまとめてみました。

▶プロフィール

生年月日 2006年4月15日
出身地  東京都練馬区
身長、体重 182 cm / 77kg
愛称 しゅうと
在籍チーム(2026年時点) 藤枝MYFC
背番号
ポジション  DF、MF
利き足

▶学歴

不明

▶所属クラブ歴

練馬FC
FC東京サッカースクールアドバンスクラス小平コース
ボカ ジュニアーズ(アルゼンチン)ジャパンスクール
FC東京U-15深川
FC東京U-18
2023、24年FC東京2種登録選手(トップチームでの背番号は53)
FC東京
ガイナーレ鳥取(育成型期限付き移籍)
藤枝MYFC(育成型期限付き移籍)

▶日本代表歴

2026年:U-21
2025年:U-22
2023・24年:U-18
2023年:U-17
2022年:U-16

 

永野修都のポジション・プレースタイルは?

守備と中盤の両方でチームを支える万能型プレーヤー。

左右のCB、アンカーでプレーすることができます。

球際の強さは世代屈指

永野選手最大の武器は、球際での寄せ切る力
スッと間合いを詰め、相手が次のタッチを考える0.5秒前にボールを刈り取る。
奪い切って、攻撃へスムーズに移行する。

永野選手は常に「守備から攻撃への変換」を意識しているのが伝わります。
永野選手本人も、「球際で激しくボールを奪いに行くところが特長で、そこは他の人に負けない武器だと思っています」と自身の強みを語っています。

空中戦とフィジカルコンタクト

182cmのサイズを活かしたハイボール処理。

ジャンプのタイミングが絶妙で、ただ高さで勝つのではなく、体の入れ方で優位を取る。

当たり負けしない体幹の強さもあり、中央のフィルター役として非常に信頼感があります。

ビルドアップ能力

憧れがロドリというだけあり、ただの守備職人ではありません。

・正確な縦パス
・サイドチェンジの精度
・自ら持ち上がる推進力

慌てない。ブレない。冷静。
本人も「落ち着いている」と言う通り、年齢以上の安定感があります。

遠藤航タイプになれる逸材?

反町康治氏が「遠藤航になれる」と評価したのも納得。

・守備強度
・ポジション理解
・メンタルの成熟度

派手さよりも勝利への実効性。
チームを安定させる基盤タイプです。
将来的には、日本代表の守備の芯になれる可能性を秘めています。



永野修都の小学校の経歴・競技歴は?

東京都練馬区出身。
物心ついた頃からボールが友達。
5歳の頃から、地元の練馬FCで本格的に始めます。
習い事はサッカー以外にも、空手、水泳に取り組んでいました。

思い出の場所は、今は無くなってしまった「豊島園」。遊園地もプールもあって、何度も遊びに行ったそうですよ。

豊島園は、練馬区にあった日本で最も古い遊園地の一つ。2020年8月31日に閉園。
現在は、ワーナー ブラザース スタジオツアー東京(映画ハリーポッターの体験施設)と都立練馬城址公園となってます。

小学校時代

地元・練馬区の練馬FCに所属しながら、
FC東京サッカースクールアドバンスクラスの小平コース
ボカ ジュニアーズ(アルゼンチン)ジャパンスクール
を掛け持ち。

FC東京には、小学5年生から通い、佐藤龍之介選手とも一緒に練習に励んできました。

ボカ ジュニアーズジャパンスクールは、小学3~6年生まで。5年生の時には、現地でボカジュニアーズの練習に参加。

小学生の段階で南米のプレー強度や南米のサッカー環境を実際に肌で感じます。

 

永野修都の中学校・高校の経歴・競技歴は?

中学校時代

FC東京U-15深川に所属でプレー。
2019年度関東ユース(U-13)サッカーリーグ1部B 優勝を果たします。
永野選手も、決勝という緊張感ある舞台でゴールを決め、勝利に貢献。

高校時代

FC東京U-18でプレー。
さらにトップチームで2種登録(2023・2024年)。

ただし順風満帆ではありません。
世代別代表でのU-17アジアカップ優勝後、代表の遠征で右足中足骨を骨折。
11月のU-17ワールドカップは、グループステージ初戦の45分間のみの出場に終わってしまいます。

「大会期間はメチャクチャ悔しくて。自分の力が足りずに、その後は出場することができなくて、本当に、本当に、悔しい経験でした」と本人も振り返っています。

この経験から、

「今やるべきことは何か」「何のために努力しているのか」
目の前のことに全力で取り組む意識を持つようになったと話す永野選手。

怪我は遠回りに見えて、実は最短距離になることがありますよね。
永野選手にとって、間違いなく転機でした。



永野修都のプロ入り後の成績は?

2024年

5月 トップチームに登録。
6月 天皇杯2回戦でデビュー。
7月 2025年からのトップチーム昇格が内定。
とんとん拍子にプロの道を歩んでいきます。

2025年

J3ガイナーレ鳥取へ育成型期限付き移籍。
移籍後に、副キャプテンに就任。
J3第1節 アスルクラロ沼津戦で、Jリーグ初出場
J3第33節 テゲバジャーロ宮崎戦で、Jリーグ初得点

最終的には、リーグ31試合出場1得点という堂々たる成績を残しました。

鳥取での経験が永野選手を大きく成長させたことは間違いありません。

2026年

1月に、U-21のメンバーで出場したU23アジアカップで大会史上初の連覇!

永野選手は、センターバックとボランチで出場。
キャプテンの市原吏音選手と並ぶ能力を発揮したと評価を受けています。

J2藤枝MYFCへ育成型期限付き移籍。

期間は6月までですが、槙野智章監督も「いろんな役割ができる」と期待を寄せています。
J3岐阜との開幕戦では、早速スタメンに抜てきされ、攻守で貢献していますよ。

永野修都のまとめ

今回は、永野修都について深掘りしてきました。
・プレースタイル:球際の強さと冷静なビルドアップを兼ね備えた守備型万能選手
・小学生時代:南米育成も経験し、強度と技術を融合
・中高時代:怪我と挫折を乗り越え、精神面が飛躍
・プロ成績:J3で31試合出場、世代別代表でも主力級の評価

永野修都選手は、派手な花火ではなく、試合を支配する“重力”のような存在。
目立たなくても、いなくなると困る。
そんな選手がチームを強くする。

今後、Jリーグ、そして日本代表でどこまで進化するのか。
静かに、しかし確実に上昇するこの才能から、目を離すわけにはいきませんよね。



公開日:2026年
(注)本記事は公開時点の情報をもとに作成しています。詳細や最新の動向は公式発表や信頼できるニュースソースをご確認ください。

 

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